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「人権擁護」か「市場」か ハリウッド シリーズ「チベットの祈り」より

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2000年2月21日
毎日新聞
リチャード・ギア氏
リチャード・ギア氏

熱心なチベット仏教徒として知られる俳優のリチャード・ギアさんは気さくに撮影に応じ、ロック歌手のスティングさんも快諾した。ハリソン・フォード、ジュリア・ロバーツ、ゴールディ・ホーン…。名だたるスターたちが、チベット支援のキャンペーンフィルムで人権侵害を読み上げた。わずか60秒の映像のために実現した「ドリームキャスト」である。製作したガースウェイト&グリフィン・フィルムのプロデュ—サー、ロビン・ガースウェイトさん(42)は、チベット問題に対するハリウッドスターたちの「思いいれ」の深さを知った。

「ダライ・ラマ14世の人柄に引かれた俳優たちが、互いに触発され、問題の深刻さに気付いたケースが多い」と分析する。

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インド北部ダラムサラ。チベット亡命政権の情報省職員のテンジン・ダムドゥルさん(31)がアルバムを開く。訪れた米国の著名人たちの写真で埋め尽くされている。中でも多いのはギアさん。

「仕事の知り合いというより友人。大スターなのに威張らず、チベットの政治、文化、宗教を深く理解している」

ギアさんはテンジンさんの父が経営する旅館に泊まることもある。早朝5時に起き、祈りを捧げる。法話がある日は、それに備えて瞑想し、仏典を読む。
「彼は言う。『どんな質素な部屋でも構わない。仏画を掛けられれば』とね。真の仏教徒だよ」

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1996年10月、底冷えのするチベット自治区のラサ。映画監督のポール・ワーグナーさん(51)は人目を避け、小さなビデオカメラを回していた。2人の俳優を連れ、中国政府に無断で1週間のロケを決行したのである。

「何度か私服警官の職務質問を受け、ヒヤリとした」と振り返る。 こうして映画「ウインドホース」は製作された。ドラマの形式を取りながら、「中国当局のチベット弾圧の現状をできるだけ正確に描くこと」が狙いだった。

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チベット問題に材を取る映画は、江沢民・中国国家主席の初の公式訪米(97年10月)前後に急増、中国政府との軋轢を生む結果となった。

「ウインドホース」は98年3月完成し、国際映画祭に出品されたものの、中国大使館が上映中止を要求してきた。

ワーグナーさんは大手配給スタジオに持ち込んだが、「政治問題への波及」などを理由に配給を断られ続けた。昨年2月、ようやくサンフランシスコを皮切りに全米100都市で上映にこぎつけている。

幼いダライ・ラマ14世とオーストリア人登山家の交流を描いた映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット」の製作資金調達を担当したデービッド・コーン氏が明かす。
「インド北部での撮影でインド政府とほぼ合意に達し、約300万ドルのセットを作ったが、撮影開始直前に不許可になった」

ロケ地はアルゼンチンに変更された。不許可の理由は定かでないが、関係者は「中国の圧力」を指摘する。

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中国当局は「セブン・イヤーズ」の配給元、ソニー・ピクチャーズと、14世の半生を描いた「クンドゥン」のディズニー映画の輸入を禁止。ディズニーは米中国国交樹立の立役者、キッシンジャー元国務長官を顧問に迎え対応した。

ハリウッドと中国が「和解」したのは昨年2月。以来、大手スタジオによるチベットの政治問題を扱う映画製作は、なぜか途絶えたままだ。

「ハリウッド資本は、中国という巨大市場をにらみ、以前に増してチベット問題で慎重になっている」

ハリウッドに精通するカロル・ハミルトン弁護士は指摘する。 チベット支援に傾く俳優や製作現場とは対照的だ。「チベット」はハリウッドで「人権の擁護」と「資本の論理」の狭間を漂い続けている。